2023/10/01

【論文・報道】人口密度が高いほど増えるネコ、人獣共通「トキソプラズマ症」の拡大リスクに

【原著論文】

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0286808

Sophie Zhu, Elizabeth VanWormer, and Karen Shapiro (2023). More people, more cats, more parasites: Human population density and temperature variation predict prevalence of Toxoplasma gondii oocyst shedding in free-ranging domestic and wild felids, PLoS ONE 18(6):e0286808 | doi:10.1371/journal.pone.0286808


【報道】

人口密度が高いほど増えるネコ、人獣共通「トキソプラズマ症」の拡大リスクに

2023.07.05 GrrlScientist | Contributor  

https://forbesjapan.com/articles/detail/64307

 

概要(以下にやや簡略しましたので,詳細は上記URLをご覧ください)

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自由に生活するイエネコや、野良ネコ(飼い主はいないが、人からエサをもらうネコ)および野生化した「ノネコ」は、都市など人口密度の高い地域に集まる傾向にあり、トキソプラズマ症を引き起こす寄生虫がより多く排出される可能性があることが、新たな研究でわかった。この研究では「日内平均気温の変動」と寄生虫排出量に正の相関があることも明らかになった。

トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)という寄生虫は、あらゆる場所に存在し、ヒトを含むさまざまな温血性脊椎動物の筋組織や脳組織に感染する。ヒトでは、通常は免疫系により抑え込まれる(不顕性感染)ため大きな問題とはなりにくく、感染者のほとんどは自覚症状がない。しかし、免疫不全の状態では、重篤な状態にもなり得る。また、特に妊娠初期に初感染した場合、胎児が重篤な障害を負うことがある。

トキソプラズマ原虫が感染すると、軽度なものから深刻なものまで、多様な症状を引き起こす場合がある。インフルエンザに似た症状、リンパ節の腫れや痛み、重い眼疾患に加え、免疫機能が低下している患者では重篤な脳症に至ることもある。まれなケースだが、トキソプラズマ原虫が肺に侵入し、重篤な呼吸器疾患を発症した例も知られる。

イエネコを含むネコ科の動物は、トキソプラズマ原虫の終宿主(しゅうしゅくしゅ:成体が寄生する最後の宿主)だ。原虫は、ネコ科動物の体内で有性生殖し、生活環を完結させて、オーシストと呼ばれる、頑強で環境変化に耐性をもつ個体(一種の受精卵)を大量につくりだす。ネコは、糞便を介して、環境中にこれらのオーシストを排出する。


ヒトは、寄生虫卵に汚染されたネコの糞や、糞で汚染された食品などを口に入れることにより感染するほか、中間宿主(幼生が寄生する宿主)として汚染された豚肉や鶏肉などを、生または調理不十分なまま食べることでも感染が生じる。

トキソプラズマに関するこれまでの研究は、おおむね家庭で飼育されるイエネコによる原虫の排出に注目しており、自由に生活するイエネコ、野良ネコあるいはノネコの研究はあまり進んでいない。加えて、自由に生活するネコ科動物によるオーシストの排出に、気候変動や、環境汚染の主要因である人間活動がどのような影響を与えるかについては、ほとんど検討されてこなかった

カリフォルニア大学デイヴィス校の博士課程に在籍するソフィー・チューらは、こうした知見の乏しいテーマに注目し、先行研究で収集されたデータに一歩踏み込んだ解析を行なった。

「Plos One」に2023年6月21日付で発表された論文において、チューらの研究チームは、自由に生活するネコによるトキソプラズマ原虫のオーシスト排出について、生態学的および疫学的側面を検討し、各種哺乳類への感染拡大リスクを分析した。

チューらは、6種の中型から大型の野生ネコ(ピューマやボブキャットなど)および、自由に生活するイエネコや、飼い主のいない野良ネコ、ヒトに給餌されている屋外生活するネコ、ヒトに給餌されていない「野生化」したノネコ)を対象とした、47の既存研究のデータの再解析を行なった.

(略) 

トキソプラズマ原虫のオーシスト排出と最も顕著な関連がみられた要因は、人口密度の高さだった。また、温度も重要な要因であることが明らかになった。

具体的には、日内平均気温の変動が大きいほど、オーシスト排出量が(特にイエネコにおいて)多くなっていた。その一方で、乾季の周辺温度が高いほど、野生のネコ科動物によるオーシスト排出量は減少することがわかった。

関連が疑われたその他の要因(年間降水量や年間平均気温など)については、オーシスト排出量との相関は見られなかった。

(略)

イエネコの生息密度については、世界規模の推定が行われていないため、この研究では、人口密度を代替指標とした。人口密度が高く、人間活動が活発な地域ほど、捨てられる飼いネコ、外飼いネコ、脱走した飼いネコが多く、また野良ネコのコロニーへの給餌量も多いと考えられる。

もう1つ考慮すべき要因は、都市化が進み人間活動が活発になった地域では、人獣共通感染症が増える方向で周辺環境が変化する可能性があることだ(参照)。こうした複合的な要因から、自由に生活するイエネコの個体数が増加すると、環境中へのオーシスト排出が促進され、トキソプラズマ原虫の疫学的特性と感染パターンが変化するおそれがある。

今回の新たな知見と、既存の研究で提示されたデータを合わせて考えると、人口密度の上昇と、気温変動の不安定化によって、トキソプラズマ原虫だけでなく、その他の感染症の蔓延を招きかねない環境条件が揃うおそれがある。

政策決定者らは、今回の研究結果に基づき、トキソプラズマ原虫の感染を抑制するため、野良ネコの個体数管理に重点的に取り組むべきだとチューらは提言している。

(略)

以上